遊歩百景

書き物をします。

喜悦

 このごろ、しばらく前までは感ぜられていた、作品を創る喜びを、あまり覚えていない。無論、以前だって、十のうち一、二の喜びがある程度で、残りは苦しみやら憂鬱やらで占められており、別に大して欣然と事に及んでいた訳ではなかったが、それでも、今よりは、まだ張り合いがあった。

 今は、猛獣の匂いを嗅いだ小動物のように、その幻影に怯え、悶え、右も左も知らぬまま、ただ狂ったように、どたばたと走り回っているような感じで、どうも、疲れるばかりだ。動かねば殺される、破滅する、しかしそもそも敵の正体も居場所も曖昧模糊として知れず、不気味な焦燥にのみ只せっつかれて、ぜえぜえ息を切らしている。眠ることも、喰うことも、それをしたばかりに取って喰われる気になって、実に落ち着きがない。石や木の実なぞをかき集め、何か防空壕のつもりか小山を拵え、それで少なくとも身を守る行動の成果物はできていると、何もしていない訳ではないと、そんな風に思って虚しい慰めを試みたりしている。そして、それは失敗している。不幸にもそこまでは馬鹿じゃないのである。