遊歩百景

書き物をします。

恋慕

 「あぁ、フられちゃった」

君は振り払うように声を出し、快活にのびをした。

日はすでに遠くの方で茜に燃え、真っ黒なカラスがくるりくるりと影を送っていた。

くぅ、と、詰まった声を漏らし、君は腕をおろした。

僕はただいまの声に瞬時に絆され、跪きたいような気持ちにさえなったが、こらえた。

 

 コーヒーを、買っていた。

手渡すと君は、憂いを淡くのせた目を優しく細ませ、プルタブを上げた。

のんきそうに湯気がたなびき、甘ったるい匂いをふわふわ広げた。

薄い唇を缶に押し当て、するすると飲みはじめた。

 

 何か、言っていたと思う。

だがそれよりも、君のあらゆるモオションに自然注意が向けられていたので、忘れた。

君の心は、誰のもの。

僕のではない。

それでいい。

僕は君の恋慕にやられてしまった。

恋をし給え、可愛い人。

嘘は、ない。

 

H26.12.8