遊歩百景

書き物をします。

2020-03-28から1日間の記事一覧

治療

東京といえどこんなものかと、私はまたうんざりとした。 窮屈ながらも洒脱な吉祥寺の喧騒から、ひとつ、ふたつ程度隔たった場所にある、古ぼけたビルの4階の病院に、私は通っていた。 距離でいえば、華やいだ駅から大して離れてはいないはずだが、そこには、…

チエちゃん

チエちゃんは何だかその日、いつもと様子が違ったのです。 そして、ああ、もうきっと、昔と同じようにチエちゃんとお話しすることはできないと、私、そう感じているのです。 彼女は、変わりました。或いは、既に。 チエちゃんは、チエちゃんは、いいえ、この…

怠慢な日々を過ごしている。 不勉強にも磨きがかかり、反省も一過性、夢も一過性、目覚めれば昼、気がつけば夜。 こんな日々を過ごしてはいけないと、しかし根拠はないが、自分に言い聞かせ、そして結局、また同じように時間を過ごす。 今日は一度、まだ暗い…

残光の落し物

凜然とした空気は、淀みなく、先々まで貫くように見せる。 山々は雄大に展開し、まばらにちぎれる雲は、もはや白くはなく、紺色に落ちつき、そのすきまからは、さらにその奥に広がる虹色の空がのぞく。 この虹は、雨あがりに架かるものとは一味違い、十以上…

未来

今日で十七になった。 これまでの年月、それどころか昨日のことでさえ、白くもやがかかっているようで、本当はそれらは一切合切全く夢だと言われれば、納得してしまうかもしれない。 まだ、若い。 先日風邪をひいた。ほんの気のせいかもしれぬ症状が、刻々と…

過去の我曰く、恋は妥協。 今日の我曰く、恋は生の渇望。 君は、堕したと嘲り笑うだろうか。 だが、君、見給え。 見てくれが上等だろうが違おうが、女を侍らせ、顔のあらゆる筋肉を弛緩せしめたる、あの青年こそ、生の体現者そのものではないか。 今日は右手…

エロースの徒

私は疾うより、己への嫌悪も、阿諛も、怠惰も、全てそれと装った愛憐にすぎないことを、知っていた。 あの時分殴りたおした男も、あの時分抱いた女も、詰まるところ自己愛故であり、別に忿怒に駆られた訳でもなければ、愛情の熱に焼かれた訳でもない。 ただ…